2012/01/31

580迷惑認識はあるけど、

 普通は、迷惑をかけると、ごめんなさいって、謝るものである。
 ここでは「ご迷惑をおかけします」とか、「公園再整備工事を行っております」とか、見れば分かる事実の報告だけで、ちっとも謝っていないのである。

 謝らないのは、市民のための公園整備は当たり前、迷惑かけてることは分かっている、工事で迷惑かけるのは当たり前だ、謝ることはないって、そういうことなんだろうなあ、と、近くに住む市民は思ったのであった。

2012/01/30

579日本の人口の行く末

今の日本の人口は12800万人くらい、それが50年後には8670万人になるという推計が、国立社会保障・人口問題研究所から発表されたそうだ。
 グラフで見ると今頃がピークで、このあとは急なようなそうでもないような坂を下っていく。

 こういう人口の棒グラフは、棒の下のほうが若くて、上に行くほど年寄りのというイメージで書くものだが、ちょっといたずらして逆にしてみた。
 それで気がついたのは、65歳以上の老齢人口はこれから特に増えもせず減りもせずの定常状態になっていることである。これって、どういうわけなんだろうか。

 毎年、上のほうから若い空色層と白色層がガタンと色層のところに降りてきて、押された水色層はガタンとゼロラインの下に落ち込む。つまり死ぬのである。
 でも水色層の長さは変わらない。変わるのその上の層ばかりで減っていく。
 これはつまり生まれる赤ん坊が、死者の数に追いつくほどの補充が利かなくなっているってことなんだろうなあ、。

 人口の量よりも、この3色の構成比率が問題なんだろう。
 これを是正する人口政策は、たとえば、水色を減らすのである。つまり長寿から長害へってね。そういえば、水色を減らす政策って今までなかったなあ、増やす方向ばかりだった、、、うむ、。
 戦争直後のベビーブームのときは、なんとかして空色層を減らそうとする産児制限なる政策があったけどなあ。

 もうひとつは、空色を増やすってこと、これはたとえばフリーセックス奨励策なんだろうかしら。婚姻と出生とを切り離すしかないのだろうなあ。
 できちゃっても婚しないでも平気な政策って、、なにかなあ、。

 この棒グラフを見てもう一つ思うのは、昔と今とは水色と青色が逆転している。
 つまり、昔は子沢山で白色層が空色層を養うのが大変なのであった。
 それが今とこれからは水色層の老沢山で、これを白色層が養うのが大変と見えるのだ。
 だが、考えてみると空色層はほとんど稼ぐことはないが、水色層はけっこう稼ぎ能力を持っている。
 その違いがあるのを棒グラフでは表してくれないから、青色がお荷物に見えてしまう。

 人口問題くらい将来が良く見える予測はないが、人口政策くらいやりにくいものはないってことだろう。
 まあ、何もしないでいて目に見える問題が生じるころは、わたしは水色の棒の下に消え去っているのである。

2012/01/26

578鎌倉世界遺産正式推薦へ

文化庁の報道発表として、鎌倉富士山の世界遺産推薦のことが、文化庁ウェブサイトに載っている。

「本日、外務省において世界遺産条約関係省庁連絡会議(構成:外務省、文化庁、環境省、林野庁、水産庁、国土交通省、宮内庁)が開催され、「武家の古都・鎌倉」(文化庁・国土交通省の共同推薦)及び「富士山」(文化庁、環境省・林野庁の共同推薦)の世界文化遺産への推薦について検討が行われました。その結果、両資産の推薦書(正式版)をユネスコ世界遺産センターへ2月1日にまでに提出を行うことが決定されましたので、お知らせします」

 で、その後は現地調査やらいろいろあって、2013年夏にユネスコが審議して決めるそうだ。
 暫定で雌伏10年の鎌倉は、果たしてどうなるか。

 鎌倉と富士山とが推薦省庁が違うところは、街と山の違いなんだろうか。
 たとえば鎌倉には都市計画があるから国土交通省、富士山にはないから環境省なのか。あ、そうか、国立公園だからだな。
 鎌倉も広い山林領域が登録構成資産なのに林野庁が推薦しないのは、あの山は木が生えていても管轄が違うんだろうなあ。

 「武家の古都鎌倉」は英語で“Kamakura,Home of the SAMURAI”だそうである。
 ふ~ん、マイホームってホームと同じかなあ、サムラ~イって発音すんだろうなあ、なんだかジャパネスクっぽいなあ、なんて、ネイティヴ英語のわからない人は思うのであった。

 そんなことより、文章を読んでいて、気になったことがある。
「開催され」、「行われました」、「決定されました」と、受身の表現が続いていて、この発表した文化庁とは関係ないところでのことみたいなのである。
 でも、どれもこれも文化庁が主導していることだから、ここは「開催」、「行ました」、「決定ました」って書くべきだろう。
 なんだか他人ごとみたいな書き方は、お役所文書形式なんだろうか。責任回避してるみたいで、不思議である。

●関連ブロ愚
102世界よりも宇宙遺産
http://datey.blogspot.com/2009/03/102.html
210鎌倉の世界遺産
http://datey.blogspot.com/2009/12/210.html
486世界遺産帝国主義論!?!
http://datey.blogspot.com/2011/08/486.html

2012/01/25

577能「船弁慶」を見た

横浜能楽堂で「船弁慶」を見てきた。観世小次郎信光の能は、見ていて面白い。世阿弥元清の幽玄なんてクソクラエである。
 義経が静御前と別れる愁嘆場が前場の見せ所だが、史実は一緒に舟に乗って逃避行だから、それを知っていて面白がるのだ。
 自由自在に動き回って暴れる幽霊を相手に、船の中で身動きならない義経一行の対比も、狭い舞台をうまく活かしている。

 小書きが「重キ前後の替」「名所教え」「舟歌」と3つもあって、シテ玄祥さんとアイ東次郎さんの大活躍である。
 でも、玄祥さんの前場の「盤渉序の舞」は良かったが、後の知盛はキレない。
 東次郎さんは咳が出て声がとおらなくなって、ちょっと大変そうに見えてしまった。10年ほど前に見た東次郎さんは良かったなあ、あの口ぶりだけで舞台は大嵐になった。

 どちらもお歳のせいだろうか。このようなスペクタクル見せ物能は、やっぱり若い演者のを見たいものである。
 といっても、8年ほど前にみたアイ和泉元哉のようなヘタクソでは困るが。
 惜しくも亡くなった関根祥人による、キレの良い船弁慶を見たかったなあ。

 義経が子方であるが、能のこのような子方の使い方はちょくちょくあるが、いつ見ても違和感がある。愛人の静御前との取り合いが悪すぎる。

 TV放送は3月3日1500からNHK教育。

横浜能楽堂 平成24年1月24日
「船弁慶 重キ前後之替」~観世流
シテ・静御前と平知盛の怨霊:梅若玄祥
子方・源義経:梅若秀成
ワキ・弁慶:殿田謙吉
アイ・船頭:山本東次郎
笛:一噌隆之
小鼓:観世新九郎
大鼓:柿原弘和
太鼓:助川治
後見:梅若長左衛門 梅若紀彰 小田切康陽
地謡:観世喜正 山崎正道 梅若猶義 松山隆之 
   角当直隆 坂真太郎 土田英貴 内藤幸雄

●関連
501杉本博司演出の三番叟
http://datey.blogspot.com/2011/09/501.html
434横浜で琉球のゆったりとした時間
http://datey.blogspot.com/2011/06/434.html
459義経千本桜を能の目で見る
http://datey.blogspot.com/2011/07/459.html
217野村四郎の能「鵺」を観る
http://datey.blogspot.com/2009/12/217.html
134三代の能楽
http://datey.blogspot.com/2009/05/134.html
050能「摂待」と「安宅」
http://datey.blogspot.com/2008/10/noh.html

2012/01/21

576陸前高田に古本図書館

地震津波被災の陸前高田の復興で、古本図書館をやろうという計画があり、古本募集中とのことを、知人のFACE BOOK(いつもはFACE BAKAといってるが)書き込み経由で読んだ。
 それならわたしでもできる支援だと、さっそく既読本棚からエンタテインメント系だけ引き抜いてダンボール箱詰め開始。14.5kgの箱二つ。
本日、ようやくひとつだけを近くの運送屋さんへ持っていった。

 作業中にふとある文庫本の名前に目が行った。はて、つい10日ほど前、これと同じ表題のハードカバーを図書館で借りてきて読んだような。
 中をパラパラ、おお、登場人物もエンディングも同じだ。
 え~っ、もうとっくの昔に読んでいたんだあ、ちっとも気がつかずに最後まで面白く読んでしまったよお、ショック。うちの古本は新本に戻るんだ。

 陸前高田の古本図書館プロジェクト団体に送りたい方は、下記へどうぞ。
 
〒029-2200 陸前高田市矢作町字なかだいら 88
  社団 星の陸高・陸前高田応援会
  電話 090-2281-1544
追記2012年5月9日

 その後、このプロジェクトはどうなっているのだろうか。当該FACEBOOKを見ても、あるいはネット情報を見ても、なにも分らない。
 まさかと思うが、詐欺であったのか。

2012/01/20

575コダックがつぶれるとか

わたしがカメラを日常的に持って、風景を写すようになったのは、30歳くらいからであるから、いまや40年を超える。
 写真を撮るのは趣味ではなくて、都市や緑の姿を記録するためである。まあ、記録が趣味といえば言えなくもない。だからはじめからコンパクトカメラ一本やりである。

 70年代からは原則としてリバーサルフィルムを使ったから、初期はほとんどコダック・エクタクロームであった。
 海外旅行でもコダックを買ったものだ。それがつぶれるとはねえ、。

 でも、後にはほとんどフジにした。コダックより安いし、現像ラボがオフィスに近いところにあったからだ。
 コダックはどちらかというと赤っぽく、フジは青っぽいように撮れていたものだった。
 そういえば、さくらカラーってコニカってメーカーのものもあったけど、いまもあるのかなあ。

 いま、そのフィルム時代に撮った写真のマウントスライドを、スキャナーでデジタル変換してPCに保存する作業をやっている。
 70年代に撮ったコダックのフィルムは色劣化が著しい。中には赤一色になってしまっているものもあるから、モノクロに置き換えざるを得ない。

 マウントスライドは1万枚はあるので、生きているうちには終わらないだろう。その3倍くらいあったのを、オフィスを閉じるときに捨てたのだが。
 スキャナー取り込みをしてくれる業者もあるが、1枚100円だそうだからとても出せない。

 今の悩みは、スキャナーで取り込んだマウントフィルムを捨てるかどうかである。
 実は買い換える前のスキャナーで取り込んだ画像よりも、今のスキャナー取り込みのほうが画質が良いのである。
 なにかで良い画像がほしくなるときもあるから、元のフィルムを捨てられない。

 少年の頃におもちゃカメラであれこれ写していたこともあるが、そのプリントは失った。
 アルバムにあるわたしが写した写真で、1960年前後が一番古くて、友人のカメラを旅行のときに借りたも。その被写体は、奈良の新薬師寺、高梁の頼久寺の庭園、倉敷の街並み、そして倉敷に住んでいたフィアンセである。
 戦前の父が使っていたのは、ガラス乾板の写真機であった。そのことはこちらに書いた。
http://datey.blogspot.com/2010/10/343.html
http://datey.blogspot.com/2009/04/118.html


 わたしがもう使わないし壊れているのに、なんとなく捨てずに保存しているカメラは、父の戦前と戦後の2機、わたしのフィルムカメラ3機、デジタルカメラ3機。
 フィルムカメラの最初はコニカだったとおもうが、日本で始めて売り出したコンパクトカメラであった。
 一番愛用したのはオリンパスA2であった。コンパクトで28ミリが気に入った。

 デジタルカメラの最初は2002年、オリンパスが出した録音機と兼用のスパイカメラのような小さなヤツを買った。
 実は28ミリ相当のコンパクトデジタルカメラがまだ出ない時代で、買うのを逡巡していて、これは試用として買ったのだ。
 そしてようやくでたので2004年だったかに買ったのが、日本製で28ミリ相当のレンズを初めてつけたリコー製品であった。
 その1年後に発売された同じ上級種を買い、それが2年で壊れたのでキャノンixy900isを買い、1年後に便器に落として壊れたので同じ機種を買って今に至っている。

2012/01/19

574サーバー故障で迷惑

わたしが契約しているインターネットプロバイダーの@niftyから、受け取りを本人限定の封書が来ているから取りにこいという手紙が、郵便局から来た。
 その手紙をもって局に行き、身分証明の保健証を見せるとコピーをとるという。いやだいうと、住所と氏名を書かされた。

 さてその物々しくやってきた代物は、CDが一枚である。
 あらかじめメールで教えてくれていたパスワードでファイルを開くと、なかにあるのは16件のメールアドレスだけである。
 どれも見覚えがあるような気はしないから、エロやバカメールのアドレスだろう。

 実は、2011年11月28日 午前0:00~午前11:16の間に、@nifty会社のメールサーバーが障害を起こして、正しいメールも迷惑メールも区別がつかなくなったというのだ。
 確かにその次の日にメールソフトを開けたら、迷惑メールが本来画面にたくさん入っていた。
 で、ニフティからお詫びメールが来た。このメールの文面がくどくどしていて、何を言ってるのかよくわからないのである。
 どうも、その間に来た正しいメールも、迷惑メールとして消してしまった可能性があるらしいのである。
 では、それを復原してくれとメールを出したら、復原は不可能だけど、その間に来たメールのアドレスだけはわかるから教えるとして、それがCDである。

 ひとさまのメールアドレスを覚えているわけはないから、それだけ見て正しくやってきたのか、迷惑でやってきたのかは判然としないが、まあ、どれも知らないような気がするから、安心したような気がする。。
 いまどきの個人情報保護対策のものものしさなんだろう。あの頻繁に来るエロバカメールのおかげで、ひと騒ぎである。
 プロバイダーも一人一人のこうやっていると、結構なお金がかかるに違いない。

 考えてみると、わたしの情報が他人様の倉庫にあるのだから、そちらが火事になったり、泥棒に入られたり、津波にあったり、放射線を浴びたりして、情報が消えたらこの損害賠償はどうなるのだろうか。
 多分、プロバイダーとの最初の契約時に、あのこまごまとしている約定書の中に、一切免責と書いてあるのだろうなあ、だれも読まないけど。

 これからクラウド時代になると、ますます問題がおきる気がする。
 テロがクラウドの巨大サーバー倉庫を狙うなんてことが起きるだろうなあ。
 核毒事故は健康被害が世界中に広がり何百年も継続するするが、クラウド事故はではどんなことが世界中に起こるんだろうか。

 そんなことをニフティのサーバー事故で考えた。

2012/01/18

573交尾の館だって

横浜の繁華街の伊勢佐木町のモールを歩いていてであった変なもの。

 まずは「ペアリングの館」と麗々しく掲げた店である。
 えっ、「交尾の館」とはまあ、なんというか、その~、えらく直接的ですねえ。
 何をする店かしらと見れば、宝石屋さん。
 ははん、こりゃペア・リングつまりpair ringsつまり結婚指輪のつもりだな。
 まあたしかに婚とコービとは深い縁があるけどなあ、なんだか、できすぎだよ。


 お次は「疲労回復 いわねマッサージ」なるヒラヒラ幟旗である。
 マッサージをすると疲労が回復してくるのね。
 せっかく元気になったのにまた疲労を復活させるのが、マッサージってものなのだろうか、そんな物好きな人もいるんですかね。


 お次は蛇屋さん。
 ウィンドウに何匹かの蛇の剥製がいるのだが、いちだんと高く頭を持ち上げているのが、この白コブラ。
 でもよく見ると、ぼろぼろにほころびてお疲れのようで、頭をもたげたままでもう何年も立ってるのが苦しくなって、後ろの額にもたせかけていらっしゃる。
 こういう代物でも何かに効き目があるのだろうか。

2012/01/17

572ふたつのアルテシュタット

わたしの故郷の高梁盆地の旧城下町と、ドイツのハイデルベルクのアルテシュタットとが、地形や街並みの構造や規模が実に良く似ていることを発見して驚いたのは、遊びに行った1991年5月のことだった。
 その驚きについては、わたしの「まちもり通信」サイトや雑誌にも記事として載せた。

 しかし、それは印象だけのことであって、面白がってあちこちでの座興の話にはしたが、それ以上に深く調べることもなかった。
 縁あってこの2月9日に故郷で講演をすることになった。1998年にも講演しており、そのときにハイデルベルクの話をした。
 またハイデルベルクの話でもあるまいと思いつつも、それでも少しはイントロダクションとしてその話をするかと、あらためて調べてみた。

 そうしたら、インターネット時代のありがたさで、ハイデルベルク市や高梁市のサイトに入ると、新たにいろいろとわかったことがある。
 google earthなる衛星写真で、世界のどこでも、もちろんハイデルベルクでも高梁でも、空から覗き込めるようになって、これも都市計画を専門とする目で見ると、いろいろ興味深いことを発見したのである。

 そこで「ふたつのアルテシュタット」、つまりオールドタウンを並べて、いろいろと比較して、思いつくことを書いてみた。
 ついつい「ハイデルベルクでは、、」と、出羽の守になってしまうがシャクだが、故郷のまちづくりの話の種にはなるだろう。

●参照→ふたつのアルテシュタット(1)コンパクトタウン
http://sites.google.com/site/matimorig2x/matimori-hukei/taka-heider-altestadt
●参照→ふたつのアルテシュタット(2)街と道
http://sites.google.com/site/matimorig2x/matimori-hukei/taka-heider-altestadt2
●参照→高梁論集一覧
http://homepage2.nifty.com/datey/index3.htm#takahasi

2012/01/15

571思い出エッセイ「杖」

六十五歳の夏のある日、左の尻の中がなんだか痛いなあと気がつき、次第に痛みが進んで左脚を引いて歩くようになりました。かかりつけの町医者は神経痛というが、どうもおかしい。
 近くの大病院で見てもらったが、ここも中年の女医が神経痛だろうとて、電気ビリビリみたいな治療をすれども、一向に直りません。

 そこで、MRIとか骨シンチグラムとかなんとかの徹底的な検査漬けでわかったのは、「大腿骨骨頭壊死症」なる厚生省指定の難病の宣告でした。
「これは原因不明で治療方法はない難病、股関節をつくる大腿骨の頭が腐って行き、ボロッと崩れて歩けなくなる。手術してチタン合金製人工骨に取替えしかない。手術は今すぐでもよし、歩けなくなった時でもよい」

 えっ、それって美空ひばりが晩年に罹った病だったなあ、わたしも大スター並みか、いや、しゃれている場合ではありません。
 あまりのことに、セカンドオピニオン(実態的には3度目)を求めて大学病院に行きました。
 でも若い男の医師の診断は変わらずで、そこの難病医療センターに隔月検査に通う患者となりました。

 脳力なくても脚力には自信あったのになあ、罹ったものは仕方がない、どうせやるなら体力ある今すぐ手術でチタンマンになるか、でもそのうち新治療方法がでるかもなあ。
 楽観的覚悟で成行きにまかせることにして、仕事場にも出張先にもそれまで同様に出かけます。
 道を歩くのは、まあなんとかなりますが、つらいのは電車や新幹線あるいは行列での立ちんぼでした。じっと立つのがつらい。

 息子がお見舞いの杖を持ってやってきました。
 なんと百円ショップで買ったという。それまで杖を使うことを全く思いつかなかったのですが、安上がり親孝行に応えて初の杖突き歩行です。
 でも、自分の脚を自分の杖に引っかけて転んで、こんなもの役立つのかよ。

 ところがすぐに分ったのは、水戸黄門印籠効果のすごさです。
 行き交う人が杖を見て、ササッと横に避けてくださるのです。特に、当たられると怖い階段ではありがたい。エレベータでも先を譲られる。
 通勤電車や新幹線では誰もが席を譲ってくださる。特に若い女性が多い、いやホント。
 この百円杖は、人を優しくさせるオーラを発するのです。時には座席の若者を居眠りさせる逆オーラも出すらしい。

 杖突き同志が出くわすと、互いに相手の痛み度合を心中で測定し、こちらが軽いと負けたッと、先を譲るのも絶妙な気分です。
 わたしもそれまで席や道を譲ることはしましたが、譲るのはその場限りの行きずりなのに、譲られる側になると身と心に沁みるものがありました。
 単にありがたいと思うだけでなく、見知らぬ間柄でも世代を超え場所や時間を変えても、人には互いに助け合う暗黙の約束事があり、今それを果たしあったと感じる達成感なのです。
 つまり、普段は潜在する約束事の作動装置が世にあり、それが杖でした。

 そうやって半年、痛み軽減型杖突き歩行術に熟達してきました。
 ところがどういうわけか、その頃から痛みが薄らいできて、杖無しでも平気なのです。
 でも、不治の難病という宣告ですから、突然の骨頭崩壊に備えて常に杖と同行の日々です。それなのに、出先にたびたび置き忘れて、気がつくと手ぶら。
 まさか治ったせいかしら、いやボケでしょう。

 やがて一年、大学病院の人事異動で替わった中年の医師が4度目のオピニオン、X線写真を見て言いました。
「これは大腿骨骨頭壊死症ではない、骨頭萎縮症という珍しい病気で、中高年や妊婦がかかるが、しばらくすると自然に治る。念のため半年後に診察します」

 えッ難病じゃなくて珍病なの?、治るの?、妊婦じゃないよなあ、では痛くないのは治ったんだよ、やっぱり。
 本当ですか先生、じゃあ誤診だったの?、もしも手術してたら早まった手遅れなの?、なんて聞きたかったけれど、医者の気が変わったり、別の病名宣告されると怖いので、余計なこと言わず早々に退散。
 どうにも緩んでくる頬をしきりに引き締めつつ、この一年つきまとった頭上の暗雲を杖を振り回して払い退けながら、家に駆け戻りました。

 半年後に無罪放免となり、今はあのとき知った暗黙約束作動装置を、杖以外にも見逃さないように心がけています。
 わたしのインタネットサイト「まちもり通信」にこのいきさつを書いたら、たまに同病になった方から、相談のメールをいただくことがあります。
 誤診だったのですから、治療でお役に立つことがいえるわけではありません。でもお見舞いくらいはその人の身になって言えるのがちょっと強みです。これも暗黙約束のひとつでしょう。

●参照「にわかはハンディキャッパーは誤診だった」
http://homepage2.nifty.com/datey/handycap.htm

2012/01/14

570野の字改造内閣

今朝の新聞にある野田改造内閣(改造なんて工事みたい)の一覧表を眺めている。
 当然のことに、震災と原発問題が一番の頭の痛いことだから、ここに重要人事を持っていったのであろう。
 なになに、ふむふむ、まずは環境と原発担当の細さん、復興と防災担当の平さん、エネルギー問題は経済産業で枝さん、科学技術問題は文部科学の平さん、汚染食糧問題は農林水産の鹿さん、、か。
 どんなお人たちかぜんぜん知らないが、、、、おお、わかったぞ、人事って簡単だあ~、要するに重要なところには、がつく人を据えればいいんだよ!!。
 そういうや、首相が田さんだ。

2012/01/10

569小沢と木嶋両被告の呼び方は?

夕刊のトップ記事である。
 資金管理団体「陸山会」をめぐる土地取引事件で、政治資金規正法違反の罪で強制起訴された民主党元代表・小沢一郎被告(69)の第12回公判が10日、東京地裁で開かれた。小沢の被告人質問が始まり、土地購入費として(以下略)朝日新聞2012年1月10日15時6分

 同じ夕刊にこういう記事もある。
 首都圏で2009年に起きた男性3人の連続不審死にかかわったとして殺人などの罪に問われている木嶋佳苗被告(37)の裁判員裁判の初公判が10日、さいたま地裁(大熊一之裁判長)で始まった。3件の殺人罪について、木嶋被告は「私は殺害していません」と述べ、(以下略)朝日新聞2012年1月10日2012年1月10日13時23分

 小沢被告は2回目以降は小沢となるのだが、木嶋被告はその後もずっと木嶋被告のままである。
 日経と毎日は、小沢被告から小沢元代表に変化するが、木嶋被告はその後もずっと木嶋被告のままである。

 この違いはなんであろうか。両被告とも容疑を否定しているから同じはずなのに、片や敬称をつけて小沢氏とか小沢元代表ならば、どうして木嶋氏とか木嶋元ナントカ(無職らしいから木嶋無職か、あるいは確実なのは木嶋元小学生)といわないのか。
 読売と産経を見るとは、小沢被告はその後も小沢被告と呼んでいるし、木嶋被告も同様である。

 朝日と日経と毎日は、なんだか偏見がある新聞社であるような。あるいは小沢は無罪になり、木嶋は有罪になると、どこかから裏情報でも仕入れているのだろうか。

●関連→290新聞の人名呼称
http://datey.blogspot.com/2010/07/289.html
●関連→195女は悪いが男性は悪くない
http://datey.blogspot.com/2009/10/195.html

2012/01/09

568新聞の人名表記

人名表記について、新聞屋はどういうつもりなんだろうか。こんな記事がある。

 東京都台東区のマンションで台湾人の女子留学生・林シエイさん(22、シはくさかんむりに止、エイはさんずいに火ふたつと宝のうえの点なし)と朱立ショウさん(24、ショウは女へんに捷のつくり)が殺害された事件で、警視庁は8日、殺人容疑で、同じ日本語学校に通う台湾人留学生の張志揚容疑者(30)=同区台東3丁目=の逮捕状を取り、公開指名手配した。(以下略) (asahi.comニュース012年1月8日19時57分)

 記事の内容には興味がないが、名前の文字の解説に興味がある。
 こういう解説が必要なのだろうかと思ったのだ。その字を教えるとおりに書いてみても、よほど漢文の素養のある人のほかは、それが読めるはしない。
 いや、読み方がシとエイとか書いてはあるから、ここでは読める。でも、それは日本での漢文での読み方だろうか。
 だとしたら、その発音をしたところで、その人の人名としてなんの意味もないだろう。
 それとも台湾での発音だろうか。それだって日本人がそう読んでも、台湾人には伝わる発音ではないから、意味がない。

 そもそも外国人の名を、たまたま漢字という共通の文字があるからといっても、あちらとこちらでは発音も意味もまったく異なるから、それを漢字で書いたり、日本読みのカナにしても仕方がないだろうと思う。
 他の言語圏の人にはそうしているように、できるだけ現地読みに近いようにカナで書くのが、とりあえずは妥当だろう。そのまま読んでも通じはしないだろうが、それは他の国の人の名でも同じである。
 中国人にだけなぜそうするのだろうか、わたしはまえまえから合点が行かない。

2012/01/08

567今年の寒中見舞い

毎年の年賀状をやめて、寒中見舞いに替えて久しい。今年のそれをぼちぼち出しつつある。
 今年の年賀状をいただいた方、いただかない方をあわせて全部のかたがたに、ここで寒中お見舞い申し上げます。
 実際に出す葉書は、文の4分の1はひとりひとり違う内容で、宛名と自分の名は筆で書いている。
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 寒中見舞

 賀状をありがとうございます。当方は二人ともそれなりに元気にいたしております。
 大地震の冬は大雪説のとおり、中越震災復興支援から今は米つくりに行く中越山村も豪雪になりつつあります。地震津波原発豪雪と、なんとも心が落ち着かない日々が続きます。

 福島第一原発事故の直後から、これこそ世界遺産に登録するべきと考えています。世界を震撼させた爆発の無惨な姿を保存して、先輩の世界遺産・広島原爆ドームとともに、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」のある重要なる文化遺産として後世に伝えましょう。原発廃炉という大義名分で、大悲劇を忘れさせるように姿を消滅させてはなりません。

 66半年前の大悲劇の太平洋戦争の空爆で破壊され、戦後すぐに修理して今日まで使ってきた赤レンガ東京駅が、この春には戦前の姿に復原されて出現します。東の原爆ドームとして、戦争の愚行と戦災からの復興のシンボルだったその姿の消滅を悲しみます。

 今年の仕事始めは2月5日、久しぶりに故郷の高梁で講演します。その次の仕事はありませんが、それでよいのです。
 本年は、人生はじめての後期高齢者突入、さてどういう年になりますか。この長々とした寒中見舞もボケ防止活動のひとつと思ってお許しくださいませ。

 どうぞ今年もお元気におすごしください。

 2012年1月 寒

 ●●●様              伊達美徳

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●関連→077年賀状をやめる

2012/01/06

566瓦礫の焼却だって?

震災関連用語で前からわからないやつがいっぱいある。せんだっては除染と電源喪失がわからんと書いたが、今日も新聞にある「がれき」がわからん。

 東日本大震災で大量に発生したがれきの広域処理について、全国知事会(会長、山田啓二・京都府知事)は6日、がれきやその焼却灰の一時保管費用は国が負担することなどを求めた要望書を環境省に提出した。(産経新聞 1月6日(金)12時34分配信)

「がれきやその焼却灰」とあるのだが、がれきって瓦礫のことでしょ、瓦と石ころだよ、これを焼いても灰になるはずがないだろう。
 燃えるのなら、こんどうちの庭の石ころを紙くずと一緒に燃えるゴミの袋に入れて、持っていってもらおうっと。

 まちがってるよ、新聞屋さんよ。それを言うなら大型ゴミとか廃物とかでしょうに。
 携帯電話機がケータイになるように、いっそのこと瓦礫もがれきとせずにガレーキといってはいかが。

2012/01/04

565高梁:盆地の山並み風景

●山あての風景
  盆地は周りが山だから、街に中のどこからも山が見える。外の通りからでも家の庭からでも、向こうに必ず緑の山があり、それが背景となって風景を作っている。

 高梁盆地にJR伯備線で高梁川をさかのぼって南から入ると、向こうに見えるのが臥牛山である。ああ、高梁だとこれではっきりと認識する。それは舟で海に出ている漁師が、自分の港に戻るときに陸にある山を目印にする「山あて」とおなじである。

 高梁に暮らして毎日見ていると何ということもないだろう。だが、久しぶりに故郷を訪ねて、駅前から稲荷山が、駅の向こうにお城山が、街の通りの向こうに高倉山が、小路の向こうに八幡山が、方谷橋のアーチの向こうに方谷林が、その反対からは御前神社のある秋葉山が、それぞれに特徴を持って見える。どれもこれもなるほどなるほどと、独りでうなづきたくなる。

 だからわたしはハイデルベルクで、同じような山あて風景に出会って、懐かしい風景であることを再認識したのであった。 もちろんそれだけではなく、方谷林から見下ろすように、ハイデルベルクの哲学の道から見下ろし、あまりの類似に驚いたのだ。

●つづきの全文は→高梁:盆地の山並み風景
http://sites.google.com/site/matimorig2x/matimori-hukei/takahasi-yamanami

●関連→ふるさと高梁論集やあれこれ
http://homepage2.nifty.com/datey/index3.htm#takahasi

2012/01/02

564箱根駅伝と日本近代化遺産群

珍しくTV放送を見た。箱根駅伝である。
 最後の山登りに東洋大のこの3年間の名物男が出るところだけを観るつもりである。
 ところが今年はトップで襷を受けとって走り出したから、とたんに興味を失った。
 
 さて、箱根駅伝の山登りを毎年観る重要な目的は、実は別にあるのだ。
 箱根湯本の手前に「東京電力山崎発電所」、湯本を過ぎて「早川取水堰」、どちらもまだ健在かどうかTVで確認するのである。
どちらも山口文象の設計で、1936年に竣工したものである。今年は発電所は見逃したが、取水堰は健在であった。

 これらは日本の近代化時代にできた遺産である。土木学会が近代化遺産として認定している。
 箱根にはこのほか、旭橋、千歳橋、函嶺洞門、富士屋ホテル、箱根登山鉄道など、多くの近代化遺産に認定や文化財登録した建造物があり、駅伝のルートで見つける楽しみがある。

 早川取水堰を観てTVを消した。競技の行方は知らない。
 なお、あのうるさいばかりか、こちらが恥ずかしくなるクサイ文句を平気でしゃべる音声を消して、ただ画面だけ見たのであった。

●参照→山口文象のモダニズム建築 作品新発見か
http://homepage2.nifty.com/datey/bunzo/1936yamazaki.htm
●参照→079箱根駅伝TV無神経CM
http://datey.blogspot.com/2009/01/blog-post_02.html

2012/01/01

563フォトエッセイ「異文化への旅・ネパール風土逍遥」

めったに縁がないのに、2年連続で賞なるものをいただいた。

 フォトエッセイ「異文化への旅・ネパール風土逍遥」
 第16回彩の国ホームページコンテスト2011シニアの部最優秀賞
   (主催:埼玉県情報サービス産業協会)

 昨年も「風景を愉しむ」を応募してシニアの部優秀賞だった。
 シニアの部に限るのが悔しいが、少しは上達したってことらしい。
 あ、まさか年寄り応募者がわたし一人だけだったってことじゃないだろうなあ。
 2011年3月~4月の「ネパール400kmバスの旅」の一部を応募用に編集したのである。

追記2012年1月19日 本日表彰式あり、聞けばシニアの部応募は3点のみ。それに優秀賞は該当作なしとある。冗談抜きにこりゃ入賞率が高いなあ。シニア資格は60歳以上だから、もっといてもおかしくないのに不思議である。
 応募総数は108点、入賞は13点だった。わたしのほかは全員埼玉県内の人、しかも幸手中学校2年生の女生徒がそのうち5点を占めている。それはよいのだが、ほかの中学校はどうして応募しないのか。
 16回目というのにまだ全国的な広がりを持っていないのか。インタネットという無境界性の代物なのに、地域限定的になっているはどういうわけだろうか。
 孫のような入賞者ばかりの中で、そう思った。