2017/07/17

1275【東京駅周辺まち歩き独断偏見ガイド7】明治建築を再現したんだから次は丸の内に昔あって今は上野にある江戸大名屋敷黒門を連れ戻しましょうよ

東京駅周辺まち歩き独断偏見ガイド6】からのつづき

●1丁倫敦メインストリート馬場先通りの景観

 さて、三菱1号館美術館の南側の通りは、江戸城の馬場先門に続く通りなので、
馬場先通りと呼ばれています。実は丸ノ内でこの通りこそがメインストリートだったのです。三菱地所がロンドンの街を真似して作って、赤レンガ建物が軒を接して立ち並んだ景観は、「1丁倫敦」と20世紀の初めに謳われたのでした。
馬場先通り一丁倫敦を西に見る景観
右手前が三菱一号館
いちおうそれらの建物名をあげておきましょう。上に載せた絵葉書で、右手前が第1号館で再登場した現・三菱1号館美術館ですね。その向う西隣に第4号館、そのまた向うに第5号館(現・MYプラザ)、そして堀端には第2号館(現・明治生命館)が並びました。
 左側の手前から第3号館、その向う西隣りに第12号館(3号と12号館合わせて現・新東京ビル)、更にその向う隣りは第30号館(現・冨士ビル)、そして堀端には東京商業会議所(現・東京商工会議所)です。
 これに左手前の更に手前の現・東京国際フォーラムのところに東京府庁舎の赤レンガ建築もあり、馬場先通りは壮麗だけどロンドン直輸入景観ができあがっていました。

 今の馬場先通り景観はごらんのようですが、見れば左向う堀端の東京商工会議所と手前の冨士ビルがまとめて工事中です。
 さてどんな建物が現れてくるのでしょうか。もちろん超高層建築でしょうが、三菱一号館美術館に対応して、赤レンガ景観を一部再現するのでしょうか。
馬場先通りを西に見る 2017年7月撮影
右手前が三菱一号館美術館、その向こうがMYプラザ
左は新東京ビル、その向こうは建て替え工事中の冨士ビルと東京商工会議所
そうしてその次はたぶん、三菱1号館美術館の南前あたりのビルの建て替えでしょう。
 このあたりを見渡すと、建替え工事中の東京商工会議所と冨士ビル、その南隣の帝劇と国際ビル、新東京ビル、新日石ビル、新国際ビルなど、1970年代に建った31m高さのビルが、けっこうたくさんありますね。
 これ等を次々と超高層ビルに建替えることでしょう。

●次の歴史建築再登場は大名屋敷「黒門」か

 となると、三菱一号館美術館に続いて、今度はどんな昔のビルの再現をしてくれるのか、楽しみです。あれは明治時代の建築再現でしたから、つぎはきっと江戸時代の建築再現をしてくださることでしょう。
 そうです、大名屋敷ですよ、江戸時代は丸ノ内は全国の大名屋敷の街でした。その名のごとく大名小路が今もあるのですから、そこに大名屋敷がまた出現なんて、面白いですねえ。もちろん、その浦島大名も浦島一号館のように、超高層ビルという玉手箱を抱えて戻ってくるでしょう。

 じゃあ、どんな大名屋敷がいいかですが、実はものすごい代物があるのです。江戸時代の大名屋敷の一部が現存すのです。三菱地所はご存じでしょうか。わたしがここにご披露いたしましょう。
 そう、こんどこそ本物の重要文化財の出現です。もちろんレプリカじゃありません、真実本物なんです。
 大名屋敷の本物ってあるのかと、お疑いでしょうが、上野の国立博物館が今までちゃんと保存してくれているのです。それを返してもらって、丸の内に持って来ましょう。
国立上野博物館にある鳥取池田家上屋敷表門(中央下に横長屋根)

詳しく言うと、馬場先通りの南側、東京国際フォーラムの西側、大名小路から西の現4街区を全部まとめて、鳥取藩池田家の上屋敷でした。なお、三菱1号館があった街区は同じく池田家の中屋敷でした。
 その鳥取池田家上屋敷表門だった建物が、東京国立博物館に重要文化財として建っているのです。その門は大名小路に面していたようです。
上野にある鳥取池田家上屋敷表門だった黒門
幕末の丸の内における鳥取池田藩上屋敷(松平相模守)の位置
現在の新東京、冨士、東商、国際、帝劇、新国際、新日石の各ビルの4街区分
(江戸切絵図・御曲内大名小路絵図の一部 1865年発行)
ここが1869年から明治政府の軍用地になりました。そして1890年に政府はこの地を三菱に売却し、翌年に表門は芝高輪の皇族関係施設に移築されたそうです。
 ということは明治政府は、池田家上屋敷だった建物をしばらくそのまま使っていて、表門もあったのでしょう。それを高輪に移築したのは明治政府だったのでしょうか、でも皇族の御殿に中古建築を使うなんて、財政逼迫だったのでしょうか。
 高輪から上野に移築したのは1949年のことだそうですから、この表門は明治大火にも関東大震災にも戦災にも負けなかったことになります。
1883年測量図に見る軍用地(陸軍軍監部)となった旧池田上屋敷地
屋敷や池のある庭をそのまま使っている
上の地図の明治政府陸軍軍監部の頃の旧池田家上屋敷表門
両脇の出番所の前に白い歩哨小屋が建っている(『View of Tokyo』所収)
 現存の表門は長屋門型式ですが、1856年以前は冠木門だったとわかっていますので、それより後の建築であろうとの考証があります。
鳥取池田藩上屋敷と冠木門だった頃の表門
(『泥絵で見る大名屋敷』平井聖監修、浅野伸子著より)
なんにしても東京都内にある大名屋敷の表門は、これと本郷の加賀前田家上屋敷の赤門の二つのみだそうです。池田家の表門は黒漆塗りなので黒門といわれています。
 この黒門は、丸ノ内に出自をもつことが明確な実に由緒ある建築であり、上野ではなくて丸ノ内にあってこそ意義のある重要文化財ですよねえ。仮住まいの上野から丸の内にお帰りいただくのは、歴史文化の継承として実に意義深いことです。
 馬場先通りを挟んで、北に三菱1号館、南に池田家表門が向かい合うと、さてどんな景観でしょうかねえ、どなたかCG技術をお持ちの方が作ってください。
大名小路を南に見る 右は三菱1号館美術館、向こうは新東京ビル
大名小路を北に見る 左は新東京ビル、向こうに三菱1号館美術館
この左あたり4街区が鳥取池田藩上屋敷だったから表門が戻ってくるといいなあ


 という幕末丸ノ内ウンチク断片ですが、こんなことは三菱さんは当然にご承知でしょうね。三菱1号館では失敗したけど、今度こそ本物の重要文化財帰還計画を、既に着々とすすめていらっしゃるに違いないでしょうから、130年ぶりに戻ってくる浦島大名屋敷門を楽しみにして待ちましょう。

 はい、では次は馬場先通りの西に歩いて、堀端の日比谷通りに出ましょう。
つづく

◆当日のまち歩き資料は:東京駅周辺まち歩きガイド資料2017年5月版

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