2011/09/29

502名作建築と道路拡幅

 新発田市のまちなかに、カトリック新発田教会という、アントニンレーモンドが設計した、小品の名作建築がある。
 木造のよさをみごとに表現して、和風に陥らずに教会の空間をつくりあげている。
 以前は前面の道が狭くて建築全体像は見えにくかったが、それなりに建築と植栽とがよい雰囲気であった。
 その前面道路が都市計画道路であったので、このたび行ってみたら拡幅されていて、教会建築がよく見えるようになっていた。

 実はまえまえから、その都市計画道路の拡幅が、教会の建物の軒先をかすめるように線引きされていて、そのまま道路ができると教会前の植栽はなくなって、名建築の雰囲気がなくなることを、教会や建築関係者は心配していた。
 それがこのたび行ってみたら、道路は予定どおりに拡幅が完了していたのだが、なんとその歩道の中に教会の植栽空間が保全されていたのである。
 どのような経緯が関係者の中であったのか知らないが、ひとつの解決策である。

 よくあるのは、道路予定地に信仰対象の大木があって、これを道路内に残したり、迂回することだが、民有地の植栽空間を名建築のために保全したのは、これが初めてかもしれない。
 できたら、教会側のペーブメントを歩道上にも展開できたら、もっとよかったとは思うが、それにしてもよくできたものだと、関係者に敬意を表する気持ちになった。
 レーモンドもあの世で喜んでいるかもしれない。

 レーモンドの功のついでに、罪のことをこちらに書いているの、どうぞ。

●関連ページ
◆新発田:同時多発の中心街再生策で5年後が楽しみhttp://homepage2.nifty.com/datey/sibata04.htm   
◆新発田-雪の城下町(2008)

●関連外部サイト(建築としてのカトリック新発田教会)

2011/09/28

501杉本博司演出の三番叟

 神奈川芸術劇場で、杉本博司演出による「三番叟」をみてきた。(2011.9.21)
 この劇場はつい最近オープンしたばかり。県立ホールが音楽系で、こちらは演劇系とするらしく、芸術監督は宮本亜門である。
 建物の建設に当たって発掘調査をしたら、日本の開国期からの外国人居留地の建物基礎、道路、配水管などの遺構が出てきたそうだ。
 古くは古墳時代の遺跡も出てきて、そのころも海ではなくて砂州があって人が住んでいたらしい。

 三番叟は能楽の「翁」の一部である。翁は、シテ方と狂言方が交互に出演するという、珍しい形で古式を伝えており、狂言方が担当するのが三番叟である。
 演じたのは野村万作と萬斎親子である。同時に出るのではなくて、万作が先に三番叟を舞い、後でまた同じ三番叟を萬斎が舞う。

 80歳と55歳の体力の差が歴然と出るのは仕方がないが、残酷なものである。
 前段の揉之段は激しい動きであるし、後段の鈴の段は不自然な姿勢を続けなければならない。
 万作は2階席でも聞こえる大きな息をついでいたが、萬斎にはそれがない。
 10年位前に、観世能楽堂で正月恒例の翁で、萬斎の三番叟を見たことがあるが、汗びっしょりになっていた。
 萬斎のうごきにはキレがあるが、万作には流れがあると見よう。
 万作が枯淡の境の動きであると見るほどの眼力は、わたしにはない。

 杉本演出は、ほぼ三番叟の舞だけに焦点を当てており、能舞台を平土間にすえて、後方からまっすぐに後橋掛かりをつける。
 万作の三番叟は、できるだけ古式に近くする意図らしく、目付け柱と脇柱が半分の高さで立っている。萬斎のときはこれをはずしてしまった。

 面箱の扱いなど幾分かの省略はあるらしいが、基本的には能楽の舞と囃子には新演出はなかったとみてよいだろう。
 新演出は、萬斎の舞台のときに、大地踏みにあわせて稲妻を光らせたことだろう。稲妻効果のためか、舞台は極端に暗い。これをよしとするかどうか、難しい。

 いつもの明るい能楽堂では、演者の動きや囃子につれられて、見ているこちらの自由な妄想を楽しむのである。
 それが何もない舞台の能楽の面白さである。
 ところが、こんな暗い舞台で稲妻が走っては、杉本の意図する世界にはいらざるを得ない。それが演出というものだろうが、そのわざとらしさが邪魔でもあった。
 いや、実は、そういう見方を楽しむべきであるのだろう。

2011/09/26

500カリフォルニア歌人

今日の朝日歌壇(朝日新聞朝刊2011年9月26日)に掲載の歌のひとつ。

仰ぎ見る万国旗は皆同サイズアメリカアフガン並びてはためく
(アメリカ)大竹幾久子

ことしの1月のこと、やはりこの人の歌が朝日歌壇に載ったことがある。

香港とスロバキヤから来し嫁と厨に立ちて雑煮を作る
(アメリカ)大竹幾久子

この歌人にわたしは面識がない。
だが実は、この人の夫と兄とわたしは大学寮の同期生であった。
のちに夫となる男とは、山岳部仲間として夏の日も雪の日も一緒に山の中のテントで暮らし、岩壁では一本のザイルにつながって身を託しあった。
兄なる男とは、つい先日も新潟で稲刈りなどして一緒に遊んでいる間柄である。http://datey.blogspot.com/2011/09/498.html
この二人が義兄弟になり、妹夫婦はカリフォルニアに住み着いたと、兄から聞いていた。この正月の歌を新聞で読んで、はて、もしかしたらと、その兄に尋ねて分かったのであった。

今日の朝日歌壇には外国からのもうひとつの歌が載っている。

原発にさよならをしたこの秋のドイツの空の風みどり色
(ドイツ 西田リーバウ望東子)

これらの歌には、期せずしてだろうが、地球をひとまわりする想い、あるいは人間の未来に対する思いがこめられている。
ほかの入選歌には、そのようなことを歌うものはひとつもない。
故国の地を離れて歌うときは、人はグローバルに思いをはせるものだろうか。
と思ったが、いつもそうではないだろうから、これは選者の採りあげるときの視点であろう。

さて、来月末には歌人が夫とともに故国にやってくると、その兄が教えてくれたのは、一昨日のことであった。楽しみなことである。
これはその挨拶ブログである。

●参照⇒648日本人は5度も大被曝しても原発を動かす

2011/09/23

499天国へのエレベーター

 横浜駅前にある百貨店に、こんな表示のエレベーターがあります。
 このまま乗っていると、屋上を通過して天国に連れて行ってくれます。

2011/09/22

498中越震災7年目の山古志と法末

 久しぶりに山古志を訪ねた。この前は中越震災から4年目の2007年の秋であった。ようやく一般人も山古志に入ることが許された年であった。
 そのときは2日間にわたって10数kmを歩いて、被災と復興の様子をながめたのであった。参照→
https://matchmori.blogspot.com/2021/07/yamakosi2007.html
 同じところを4年ぶりに歩いて、その後の様子をみる予定であったが、9月なかばというのに猛烈な暑さで、熱中症寸前になって予定の半分も歩けなかった。
 詳しいことは、まちもり瓢論に書くことにするが、少ないながら生活の場が戻っていることがうれしく、そして山古志闘牛が復活していたのがおどろきであった。

 歩いているときに、偶然にも今日は闘牛が開催と聞いて、次にまた来ることはなさそうだと考えて2000円を支払って見物。
 1000人は入りそうな野外のアリーナである。うちはなしコンクリート表現で、なんだかモダンなデザインである。
 お昼過ぎからの開演で、16組の闘牛である。2頭の牛が頭と頭、顔と顔、角と角を合わせて、ぐいぐいと押し合う。牛が巨大なので迫力がある。
闘牛の動画


 勝負に賭けるのかと思ったら、それは一切なしで、原則として引き分けにする。それでも見れば勝ち負けの分かる場合もある。

 どうもこの闘牛は、元は牛飼いの遊びが、今は金持ちの道楽になっているらしいようだ。山古志の集落で育てているオーナーもいるが、東京とか新発田とか岩手だとかにいるオーナーの牛も出てくる。肉牛とあわせて闘牛も育てているらしい。
 だから観光の呼び物ではあるが、元来は地元の人々や牛の飼い主が楽しんでいるらしい。ヤマコシハルウララなんて名の牛もいれば、大勝力なんてのもいる。
 何番か見て途中で会場を出て、バスで小千谷にくだり、法末からの迎え車にのった。

 次の日は一転して寒いような雨となった。朝から雨中で稲刈り、ハサかけの労働。暑いよりは助かるので、けっこう能率が上がった。
 今年は、小正月に来て賽の神の行事、5月に来て田植え、今回の稲刈りで3回目である。
 2005年から震災復興の手伝いでやってきだしたが、いちじは月に2回もきていたものだたが、もう疲れてきた。
 稲刈りも体力がついていかなくなったらしい。休み休みに怠けてやっても、腰が痛い、足が痛い。
 震災から7年、集落の人たちも老いたし、わたしも老いてきた。人口は減少しても増えることはない。

 さて、7年先の三陸は?、フクシマは?

2011/09/15

497なんと1億立方メートル

 2011年9月15日の朝日新聞朝刊に、つぎのような記事がある。
「東京電力福島第一原発事故に伴い、放射性物質の除染対象になる可能性のある地域は、最大で福島県全体の7分の1に当たる約2千平方キロに及ぶことが専門家の試算で分かった。除染土壌の体積は東京ドーム80杯分に相当する1億立方メートルに上る計算だ」

 毎時1マイクロシーベルト以上の分布域が約2千平方キロ、この範囲の地表を深さ約5センチまではぎ取ると、体積は約1億立方メートルになる、という計算である。

 全域をはぎとるってことはできないだろうから、山の方はやめとくことになるかもしれない、とも書いてある。
 でも、山ははぎとらなくても、よいのだろうか。山から農地へ町へと水はながれくるが、それはセシウムを含まないのか。
 はぎとったらはぎとったで、保水力がなくなるから洪水になりやすいだろう。
 どこからどこまで除染したか、地上に線を描くのかしら。立ち入り禁止区域だらけの地域で暮らすなんて、う~む。

 1億立方メートルって,どれほどの大きさなんだろうか。
 10メートルの高さにつむとして、広さ1000ヘクタール、3.3キロメートル角の土地の広さになるが、余裕も入れると4キロメートル角ぐらいになるんだろう。

 これだけの核毒を含んだ土などを、トラックで福島第1原発の敷地に運搬てのも、えらい大変だなあ。沿道の人たちは、たまらんだろうなあ。
 福島第1原発の敷地が足りないのなら、その周辺の土地を東電が買い足して、核毒の丘を造るのであろう。そのうちに木が生えて核毒の森となる。
 だが、そこから流れ出る水に含まれるセシウムなる核毒は、太平洋に直接注ぎこむのだよなあ。

 考えるだけで頭が痛くなるのは、わたしがドシロウトだからかしら。
 だれか、そんなバカなこといってと、哂って教えてください。

(追記110915夕方)
 朝日新聞の夕刊に、こうでている。
「東京電力福島第一原発事故による放射能汚染が新たな環境問題として浮上している。冒頭のスピーチで細野豪志原発相兼環境相は、被災地の除染について「政府として不退転の決意で臨む。経済性を度外視してでも取り組む」などと述べ、環境回復への決意を表明した」

 大臣の個人的決意はともかくとして、「経済性を度外視してでも」って、どういうことなんだろうか。
 そもそも核毒の除染に、経済性なんて視点があるのか? 
 そんなもん赤字にきまってるだろう、もちろんその赤字は東電が背負うべきものだよね。
 たとえば集めた核毒から、再利用エネルギーを取り出す方法が、あるんだろうか?
 
 除染に経済性なんてものが、あってたまるかってんだ。
 これって、原発が経済的だといってるのと同根の思想だよ。
 つまり核エネルギーをコントロールすると誤解していたことが分かったのに、まだ核毒をなくす技術があるんだというのである。
 ほんとうだろうか。

2011/09/14

496核毒汚染地域になぜ戻るのか

 どうにも、わからないことがある。
 福島第1原発から発射した核毒は、田畑に山林に学校に住宅にと、ふりそそいでいるのだが、これを除染(これは除洗かしら)といって汚染した毒を除くのだそうである。
 除染が必要なことはわかる。そこからさきがわからない。だって、その場所で除いた核毒は、いったいどこに行くのだろう。

 たとえば水で洗うとして、その水の流れた先に毒が移転するだけだろう。その移転先をまた除染して、そこから移転先をまた…、ようするにイタチゴッコである。
 川から太平洋へ行くのかしら。川の汚染、海の汚染が大変なことになる。海の除染なんでできるのかいら。
 
 今朝の朝日新聞に、こうある。
「福島第一原発から半径20~30キロ圏の「緊急時避難準備区域」を抱える福島県の5市町村が、区域の解除に向けた復旧計画をおおむね完成させ、近く国に提出する。各市町村は住民が帰還を完了する時期について、来年3月末を軸に調整している。とはいえ住民が戻るには放射性物質の除染が不可欠。自治体側は「すぐには見通しがたたない」と不安も抱えている」

 おなじく、こういう記事もある。
「筑波大の恩田裕一教授や気象研究所などのチームは6~8月、計画的避難区域に指定されている川俣町山木屋地区の3地点の森林で土壌の汚染度や大気中の放射線量を調べた。
 この結果、土壌のセシウム134と137の汚染度の合計は、広葉樹林が1平方メートルあたり71万ベクレル、杉の若齢林が47万ベクレル、壮齢林は91万ベクレルと、チェルノブイリ原発事故での「強制移住」レベル(55万5千ベクレル)の汚染だった」

 このような濃度の核毒が森林にあるなら、もちろん田畑にも、住宅地にもある。
 チェルノブイリでは強制移住したレベルの地域を、フクシマでは除染して復旧するのだろうか。
 もうちょっレベルが低い(らしい)「緊急時避難準備区域」では、除染して復旧するらしいが、これって本気だろうか。

 まず第1の問題は、どうやってその広大な地域をくまなく、除染作業を行うことができるのか。森林は丸坊主となると水害が起きるだろうし、田畑は表土が命なのに洗ったり他に持っていってしまったら作物ができなくなるし、住宅地や市街地は私有地にどうやって対応するのか。

 第2は、そうやってとりのぞいて溜まった膨大な量の核毒の蓄積するものを、どこにもっていくのか。そんなものを持っていけるところは、いまのところたった一箇所、福島第1原発敷地のみである。そんなにひろいのかしら。

 第3に、そんな大量の猛毒ばかりの中で、だれが除染作業に働くのだろうか。それをやるべき人は、発毒責任のある東電の社員たち(株主たちも)だろう。

 第4に、その期間である。そんな広大な地域をすべて洗うとかチリなど取り除くとか、いったい何年かかるのだろうか。その間に避難している人たちは、もうひとつの生活を築くしかないから、除染後にもどる人がどれくらいいるだろうか。

 第5に、その膨大な費用である。これは当然のことながら、東電と株主とですべて負担するべきである。

 どうもわからない。
 しろうとかんがえでは、現実にはとてもできることではないような気がする。
 故郷を捨てがたい人々によりそうべき政治や行政の立場からは、除染して復旧するといわなければならないことは、よくわかかる。
 しかし、それは、問題を先のばしにするだけであると、わたしは思う。
 どこかで除染をあきらめて完全撤退、どこかは除染するが再居住も撤退もあるという、線引きをせざるをえないだろう。

 そして積極的撤退の政策を手あつくすすめるべきであると、わたしはおもう。
 それは人口減少時代の日本の居住政策のありかたと、共通の大問題の課題である。

2011/09/13

495福島第1原発は再稼動するらしい

 今朝に朝日新聞に、福島原発の事故現場で働く人たちのことで、労働災害にガンも加えるようにするという記事があり、そこに原発の「復旧作業員」なる言葉があり、オヤッと思った。
 福島第1原発では「復旧」作業をしているのかい?、えっ、まさかそんなことあるまい。

 で、新聞の「復旧作業」をネット検索してみたら、あるある、ずっと使ってるんだ。
 たとえば、「福島第1原発の復旧作業に当たった40代の男性作業員」(日経8月30日)、「お盆期間中も福島第一原発での復旧作業は続いており」(朝日08月11日)。
 初め頃はどうだったろうかと見たら、「中断していた電源復旧作業を再開した」(朝日3月24日)とあって、これなら電源だからあたりまえに分かる。
 それが今は「福島第1原発の復旧作業」であるから、これはもう原発を震災前のして再稼動するための作業しているのである。

 そうだったのかあ、しらなかったなあ、わたしはてっきりもう福島第1原発の復旧は、ありえないことと思っていたんだよなあ、わたしはナンとおバカなんだろう。
 こうはっきりと、再稼動に向けて作業していると、たびたび報道されているのに、ちっとも気がつかなかったよ~。
 こわ~い。
 まさか、新聞屋が復旧って日本語の意味を知らないってことは、あるまいなあ。

2011/09/12

494死の町への地図

 怖い地図である。こんなにも核毒が降り積もっているのだ。
 チェルノブイリの前例を思えば、この赤と薄赤の範囲は、死の町になるのだろうなあ。
 当然、そこの関係権利者たちには、東電が十分な補償金を支払い、移転代替地も確保して、手厚く対応するにちがいない。当たり前でしょ。

 この地図は、9月11日時点の福島原発から出た核毒の分布状況であり、群馬大学の早川由紀夫さんのブログに載っている。
http://kipuka.blog70.fc2.com/blog-entry-418.html
http://gunma.zamurai.jp/pub/2011/0911gmap06.jpg
 こう注意書きがある。
「転載のルール:新聞とテレビへの転載は固くお断りします。これは9月10日鉢呂大臣を辞任に追い込んだ不当な報道に対する抗議です。非商用目的には自由にご利用ください。無料です」

●参照→核毒の森と海
http://sites.google.com/site/dandysworldg/kakudoku-woods

2011/09/10

493国際大相撲

 今朝の新聞に大相撲番付なるものがあり、相撲取りの一覧表がある。
 みれば、上位の横綱と大関はモンゴル人2人、エストニア人とブルアリア人が各1人である。

 で、下の方を見ると、グルジア人3人、モンゴル人6人、それにブラジル人、チェコ人、ロシア人が各ひとりである。
 おお、なんとまあ、国際的であるなあ。
 それにしてもモンゴル軍の席捲ぶりはすごいものがある。

 1274年と1281年にモンゴル・高麗連合軍が日本に攻めてきて、2回とも日本軍に負けて逃げていった。
 あれからモンゴルは雌伏720余年、21世紀となってついに日本軍に勝って見事に復讐を遂げたのである(らしい)。
 今度は高麗ではなくて、モンゴル・東欧諸国連合軍である(らしい)。
参照→http://datey.blogspot.com/2008/11/blog-post_28.html