2012/04/23

609森の長城が津波災害を防ぐ

東日本大震災復興への提言として、植物社会学者の宮脇昭さんが、「森の長城」づくりを提言している。津波が襲った三陸から東北地方の太平洋側海岸に、300kmの森による防波堤を築こうというのである。
 しかもこの万里の長城は、震災ガレキを使って土を混ぜて高く盛り上げ、その上には潜在自然植生種の苗木を、市民参加で植えていくのだ。
 これはもう40年以上も前から、宮脇さんが提唱して実施している通称「宮脇方式」といわれている森づくり手法で、全国の学校の環境林、道路の騒音防止、工場緑化、ダム緑化などに実現している。

 今回の提言はそれらの延長上にあるのだが、これまでと大きな違いは、宮脇さんが特定のプロジェクトとして提言していることだ。これまで宮脇方式は、どちらかというと開発計画が先にあって、これに対応して宮脇さんに指導を受けて森を造るのであった。

 推測だが、宮脇さんが自らのプロジェクトとして実現した森は、横浜国大のキャンパスだけのように思う。これは宮脇さんが最初に手がけた、ご自身の研究拠点であり、これが成功したことが、次へのステップとなったのである。
 そして潜在自然植生という宮脇理論と、それによる宮脇方式「ふるさとの森づくり」を、宮脇さんは繰り返し唱え続けてきている。

 だが、それが緑化のメインストリームとはならない。
 宮脇方式を導入する森づくりは、いつも彼にたまたま共鳴した奇特な人々による特殊な事例であり続けるのだった。
 宮脇さんは浜岡原子力発電所の防災林作りのための調査も行っていて、海側に津波よけの森づくりを提案したが、海側は津波対策は大丈夫だからと断られ、裏山を切り崩してできた崖地に宮脇方式の森をつくったそうだ。

 宮脇方式が普及しないのは何故だろうか。
 そこには日本の森に関する研究と実践において、宮脇さんの理学部系の生態学派と、農学部系の林学及び造園学派の対立があるらしい。宮脇さんの提唱する常緑広葉樹林に対して、造園学派からの強烈な反駁の文章を読んだことがある。

 今回の宮脇さんの提言には、根こそぎ津波にやられた松林の海岸林は、その植生が間違っていたと痛烈に述べる。
 宮脇さんに言わせると、津波で何万本も根こそぎ倒れたのに一本だけ残って有名になった陸前高田の奇跡の一本松は、健気どころか失敗の象徴であることになる。
 海岸に松を植えることは、全国的に当たり前に行われている。この松林の海岸林を作ったのは林学派だろうから、そちらの反発が多分ありそうな気がする。

 わたしから見れば、生態学派は森へ人間も含む生物の生命からアプローチし、林学造園学派は森へ人間の生活・生産からアプローチしていている。盾の両面だ。
 その両者の間には、自然林、二次林、生産林、里山、庭園、田畑などの、いくつかの森や緑の様相がある。それが環境というものである。対立する意味がない。
 ただし、造園業界からの反発は分る。だって、1本が百円かそこらの苗木では儲からない。お庭に立派な成木を持っていくと1本百万円だってとれるのになあ。

 さて、ここに来てようやく宮脇さんからナショナルプロジェクトの提案である。一部の自治体や学校などで実行に移しているらしい。
 この構想がこれまでどおりに、一部の奇特な人々による一部のプロジェクトで終わるのだろうか、それともナショナルプロジェクトに位置づけて、300kmの「森の長城」が実現するのだろうか。

 宮脇さんの今回の提言を述べる最近の著書、『「森の長城」が日本を救う』(河出書房2012.3)を読んだ。「列島の海岸線を「いのちの森」でつなごう!」と副題がついている。
 宮脇さんの著書は、1972年の「植物と人間」をはじめとして何冊もあって、わたしは宮脇研究室に出入りしていた頃、名著「日本の植生」(学研1977)の制作を手伝ったこともある。
 一般書の内容は、ほぼ変わらない主張(キーワードは、潜在自然植生、鎮守の森、ポット苗、本物の森、混ぜる)が繰り返されており、今年の新著にもそれが述べられる。

 昔と変わったところといえば、よく言えば思想的、はっきり言うとお説教的な言説が多くなってきたこと、そして同じことの繰り返しが多くなったことだ。
 この繰り返しは、初めは気になるが、何回もいろいろな話の局面で登場すると、それはもう歌のリフレインのごとく、こころよく聞こえるのである。宮脇教の教祖様の唱える宮脇経である。
 植物社会の秩序概念を人間社会にアナロジーとする言説は、分りやすいが人間はそうは行かないものだろうと気になることもある。 

 提言は三陸から福島にかけての300kmの森の長城プロジェクトだが、これは実は東海道ベルト地帯の海岸線にこそ緊急プロジェクトのはずである。
 東北被災地がガレキをどこかに引き取ってもらいたいなら、こちらに持ってきて森の長城の基盤となるマウンド作りに使ってはいかがですか。

 宮脇さんの提案そしてその理論と実際を知るには、下記のサイトが最も適切である。
●IGES 地球環境セミナー基調講演 (2012.3.23)
「効果的がれき処理と自然の再生:緑の防波堤構想」
横浜国立大学名誉教授 (財)IGES 国際生態学センター長 宮脇 昭
http://www.iges.or.jp/jp/news/event/20120323earthquake/pdf/1_miyawaki.pdf

 宮脇さんの書いた本はどれも読みやすいが、その理論と実践を一番よくわかるのは、皮肉なことに宮脇さんの自著よりもノンフィクションライターが書いたものである。
魂の森を行け―3000万本の木を植えた男」(新潮文庫 一志治夫 2006)


●「伊達の眼鏡」サイト内関連ページ
583イオンの森と津波
http://datey.blogspot.jp/2012/02/583.html
560核毒の森づくりが始まる
http://datey.blogspot.com/2011/12/560.html
479●21世紀の「谷中村」は「核毒の森」
http://datey.blogspot.jp/2011/08/47921.html
001ふるさとの森の大学キャンパス
http://datey.blogspot.com/2008/05/httpwww.html

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