2008/11/10

062【法末の四季】秋深い法末で紅葉をめでつつ蕎麦の脱穀をした

 中越の山村法末は、今、紅葉が盛りである。山林には、黄色はブナ、ミズナラ、イチョウ、赤色はヤマモミジ、ナナカマド、ヤマウルシ、ヤマザクラなど、緑濃い針葉樹林と混交しながら競い合っている。


 集落の中は、家の周りは用材と防風のために針葉樹林が取り巻き、そのところどころにイチョウやブナあるいはモミジが色を添えている。
 稲を刈り取られて来春を待つ棚田は、法面の枯れ草と田んぼの土の色が交互に重なっている。

 先月末に刈り取って、茎がついたままに軒下につるして乾燥させていた蕎麦の実を脱穀した。
 脱穀機は、戦前の製品らしい「組合号」と名前がついている足踏み式である。簡単な器具だから、長持ちするのだろう。

 それで脱穀しても、葉っぱなどが混じっているから、篩でより分ける。しかし、乾燥が足りなくて、実だけの分離がしづらい。もう一度乾燥させてから篩にかけることにした。まだ蕎麦を食うには半月は先となる。
 蕎麦は、畑での栽培は簡単だが、刈り取りから後が手間がかかるものである。

 刈り取りを泥がつかないように注意ながら慎重にやり、乾燥、脱穀、葉や茎などのゴミを取り除いてようやく実だけにして、石臼で挽いて粉にし、打って、切って、茹でてようやく食べることができる。
 わたしは育ちがうどん文化圏だったから、よほどうまい蕎麦でないと食う気にならない。初めて蕎麦を食ったのは19歳で関東に移った時である。こんなまずいものをよく食うもんだと思った。有名な信州に行けばうまいかと思ったが、もっと不味かった。

 ついでに言うが、うどんについても関東の流儀では、どうしてこんなにも不味い食い方なのかと、今も不思議である。
 蕎麦なんて土地の痩せたところでないと育たないから、不味くても仕方なく食うもんだろうとバカにして、今もめったに食わない。そばがきの方を好む。
 あるとき、蕎麦うち趣味の友人が、新取り入れの蕎麦の引き立ての新粉で、打ちたて、茹でたてで食わせてくれて、初めて蕎麦の味が分かった。もう60歳を越えていた。大人でないと分からない味である。
 その友人の打つ蕎麦だけがうまい蕎麦で、店などで食う蕎麦を美味しいと思ったことは一度もない。
 そのうえ、気取った蕎麦屋で出してくる、はげ頭の櫛毛のようなざる蕎麦の値段のバカ高いことは、いったいどういうことなのか、たかが蕎麦で、、。 

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