2014/06/19

963・有楽町で村野藤吾設計の看板だらけビックカメラ屋建築に出会った

 有楽町で懐かしいけどヘンなビルに出会った。
 ここには1957年に建った村野藤吾設計の端正な姿の読売会館(元そごうデパート)があった記憶があるのだが、建て替えたのかなとしげしげとみたら、安売り電器屋に替わって、外装を黒い板のポツポツ窓にして大きな看板だらけデザインに変更したらしい。
 ふ~ん、まあ、三角ビルの外郭は変えようがないから、面影は残っているけどなあ。

 むかしの姿はこちら↓にある。
http://isisis.cocolog-nifty.com/i/images/2010/12/27/tokyosogo.jpg

 1957年と言えば、わたしが大学に入った年である。できたばかりの有楽町そごうの2階にあった喫茶店、いやティールームっていうべきか、に入ったことがある。
 フランク永井が歌う「有楽町で逢いましょう」が流行し、そのティールームが歌詞に出てくる。
 ここまで書いて、このことは以前にこのブログに書いていたことを思い出した。有楽町西武の閉店の時に書いたのであった。一部を再掲載しておく。

◆2010年12月28日http://datey.blogspot.jp/2010/12/362.html
 有楽町で百貨店閉店事件といえば、「有楽町そごう」のこともついでに書いておこう。
 有楽町駅前に「そごう」が開店したのは1957年5月25日だった。
 その年の3月、わたしは生まれ故郷の狭い城下町盆地を抜け出して、だだっ広い関東平野の一角に暮らし始めた。以後の高度成長底辺都市漂流人生の始まりだった。
 街にはフランク永井が歌う「有楽町で逢いしょう」がながれてた。
「あ、鉈を待てば、飴、が降る、濡手、粉糠と、木に掛かる、あ~あ、、」
 こんな風にしか聞こえなくて、妙な気分で聞いていた記憶がある。今、U-TUBEで聞いてみたら、やっぱりこう聞こえたが、元の歌詞を知らない人もいるだろうから書いておく。
「貴方を待てば、雨が降る 濡れて来ぬかと、気にかかる あ~あ」
    ◆
 後にその宣伝作戦の陣頭指揮した人から聞いて知ったが、大阪から東京に始めて進出するそごうの、有楽町開店のテレビ、映画、ラジオのメディアミックス宣伝作戦は、それが当たり前になる時代の端緒だったそうである。
 映画の方は吉田正の作曲でフランク永井の唄であった。テレビ番組「有楽町で逢いましょう」の主題歌が、三木鶏郎作曲で唄はデユークエイセスで、これらはまったく違う歌だったそうだが、こちらは覚えがない。
 この歌に出てくる外が見える2階の「ティールーム」に、大阪から修学旅行でやってきた従妹をつれて行ったことがある。そのときは有楽町駅東口の最近ようやく再開発されてできた「イトシア」あたりの路地の寿司屋に入り、日劇ではロカビリーも見た。
(今思い出したがフランクの歌の続きに「雨もいとしや、すすりなく~」とあったが、これでイトシアと名づけたのじゃないよなあ)
   ◆
 建築学生としては、あの村野藤吾設計の「読売会館」に興味がつきなかった。青味を帯びた硝子ブロックと何本もの深い陰の横ストライプで微妙にカーブする壁面、上層階の白い品のよいテッセラタイル壁面、百貨店の階段の巧みさ、読売ホール内部の玄妙とも言うべきデザインに、大いに惹かれた。
 関連して「新建築」事件というのがあったが、これは建築ジャーナリズム業界内コップの中の嵐。
 読売会館は、80年代だったか外装が似て非なるものに改装されて輝きを失い、更にそごうが撤退後に安売り電器屋がはいると電飾がやたらにとりついて、同じ建物なのにこうも変なものになるのかと驚くばかり。

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